「患者中心の医療における質改善−必要な有効な患者満足度調査手法−」 葛ヲ和企画 常任顧問 瀬尾 隆
保健医療サービスの質には二つの側面がある。一つは医療技術の面から見た質であり、他の一つは受け手の患者が受け止めるサービスの質である。患者を病気の苦痛から救うという臨床医療本来の目的を考えれば、受けた医療サービスが患者にとって有益で価値のあるものと受け止めたかどうかは医療の中核をなす問題である。医療技術の質は患者には測れないが、患者は自分の受けている医療は最善の医療技術のもとで提供されていると考えている。したがって、患者の受診行動を左右しているのは患者が感じるサービスの質ということになる。しかし、患者が受け止める医療サービスの質はまさに患者の主観による判断である。 医療担当者が十分に病状や治療方針について説明したつもりでも、患者に聞くとそのような説明はなかったという調査結果が数多くある。患者の病気や症状に合わせて組み立てた治療が医学医療技術の面から見て有効なものであっても、患者がそう受け止めない場合も少なくない。医師の立場から見れば、実際に治療プロセスが患者の自覚症状を悪化させるというジレンマもある。しかし、慢性疾患が医療の中心的課題になった今日では、患者の受診行動から医療消費者の保健・健康管理における自助に医療サービスを利用しようとする行動にも大きな影響をもつことから、多くの国で病院など医療機関だけではなく医療制度の評価に患者・消費者の満足度を重要な要素として考えられるようになっている。 世界保健機関(WHO)や経済協力開発機構(OECD)が行う医療制度評価においても、患者・消費者の期待に対する充足度が組み入れられるようになっている。WHOが最近試みた世界の医療制度の比較評価は、さまざまな批判を招いているが患者の尊厳尊重と患者志向のサービス提供を評価要素に加えている。しかし、それら評価の実際は患者直接のものではなく各国の行政担当者など有識者の意見をもとにしたものになっている。わが国でも、医療機能評価機構の病院評価に今日では患者の権利の尊重や患者満足が組み入れられているが、医療機関側がそのことに配慮して行っている努力の有無を見ているのであって、患者がそれらをどう受け止めているかに踏み込んだものにはなっていない。 医療の質に対する関心は、この数年医療の安全性・信頼性確保の観点から社会的に高まっている。医療機関サイドにも「患者に選ばれる病院」を目指す努力の一環として患者・消費者を意識したサービス改善の試みが見られている。医療の領域で仕事をしている人たちは、少なくとも病苦に悩む人々を救いたいとこの世界に入った人間の集団であるから、主観的であるとは言え患者の受け止め方が医療の質を考える上で欠くことのできない要素であることは理解していると思われる。しかし、医療供給システムの質を設計する上でそれらへの配慮は十分払われてこなかったきらいがある。その理由の一つに、医学が科学として客観的分析を重視しようとする傾向があるために医療の実践における主観的個別的性格の強い要因を取り入れ難かったという指摘がある。科学は、定量化が可能で普遍化できるものに肯定的な価値を置くが、患者の満足という個別性の高いものを客観化することは不得手なのだというのである。また20世紀後半までの医療供給システムにおける質の設計は、本質的に医療サービスの受け手を非個人化することで確保してきたという指摘もある。患者を日常の生活環境、つまり家庭や家族あるいは地域社会から引き離して医療制度やシステムが定義する診断病名グループかサービス機能別に区分して適切と思われる治療手段やプロトコルにそった治療を施す仕組みをつくってきた。その仕組みづくりでは必ずしも必要とされない要素、つまり患者中心の医療の質が犠牲にされてきた。加えて急速に進んだ医療技術の進歩が医療機関を患者以外の医療構成要素の都合を優先させた複雑な組織機構として発達させてきたという指摘もある。 理由はともあれ、医療の質の重要な構成要件である患者・消費者の満足を測る適切な手法が開発されてこなかったと言うことになる。患者・消費者の満足あるいは逆に不満足を的確に把握することがなければ、その面での質改善の足がかりを得ることはできない。いま多くの産業界ではCS(顧客満足)を軸にした製品やサービスの質改善が事業の最優先課題とされている。その結果、改善を阻害する旧来の業務手順の改革から組織機構さらには制度や規制の革新が行われるようになっている。 急性疾患から慢性疾患に医療の中心課題が移ったことは、患者・消費者が医療サービスをどう自分の暮らしに利用するかという時代に入ってことを意味している。その意味で「患者主体」「患者中心」の医
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