TQMとは何か
東京大学教授 飯塚悦功
■TQCブームのなかで
1980年,アメリカの3大テレビネットワークの一つNBCが“If Japan can...., why can't we?”(日本にできてなぜ我々にできないか)という番組を放映した.日本製工業製品の高品質・高生産性の鍵がTQC
(Total Quality Control),なかんずくQCサークルをテコにした製造現場の力にあるという趣旨であった.これがきっかけとなってTQCブームが起こり,日本,日本的経営,TQCは世界の注目を集める.
この番組が伝えたTQC像は,TQC=QCサークル,QCサークルによる高品質・高生産性の達成というものであった.しかし,そのあと続々とやって来た日本視察団は瞬く間にことの本質を見抜く.TQCはQCサークルだけではないこと,日本製品の優秀性は経営全機能のレベルアップゆえであること,とくにトップのリーダーシップと技術に裏打ちされた管理の仕組みの充実にあることに気づくのである.
TQCが有名になって,わが国においても製造業以外の産業がTQCに関心を示し,建設,電力,サービス,ソフトウェアなどがTQCを導入した.だが,残念なことに,導入当初のTQCは,QCサークルの導入とQC手法の形式的適用であった.
■TQMの本質
TQCは,最近ではTQM (Total Quality Management)と呼ばれている.“management”と呼ぶにふさわしい広さと深さを持っており,海外において“control”ではとても表現しきれないからである.
それでは,QCサークルをはるかに超えるというTQM(TQC)とは何なのか.一言で表現するのは難しい.その発展の過程において確立されてきた様々の概念,思想,哲学があり,先人の血と汗と涙の結晶とも言える優れた技法,手法がある.枝葉末節を取り払えば「品質を中核とした,全員参加の改善を重視する経営管理の一つのアプローチ」と表現してよいだろう.TQMの特徴は3つのキーワード,「品質」「全員参加」「改善」に凝縮される.組織は(広義の)顧客にそのアウトプットである(広義の)製品を提供することによって存続する.TQMは,そのアウトプットの質こそを経営の中核に置くべきであると主張する.TQMはまた,組織のアウトプットの質を達成するために,組織を構成する全員が参画することを推奨する.さらに,提供する製品・サービスに固有の技術,およびそれらの技術を生かす管理システムの双方について,いついかなる時も不十分なこれら技術および管理システムを改善するよう推奨し,そのための豊富な道具も提供してきた.
TQMとは,製品・サービスの総合的な質を確保するために有効な思想,管理システムモデル,手法,運動論などの体系なのである.単なるQC手法の適用ではないし,現場第一線のQCサークル活動だけでもない.病院へのTQMの導入・推進が進むなか,いまこの時期にTQMの全貌とその潜在能力をしっかりと見極めたい.
■TQMの全体像
TQMはどんなものから成り立っているのだろうか.表1に一つの整理を示す.意味不明用語が散見される表を見て,「これら全部を実施しなければTQMではないのか……」と唖然とする方がいらっしゃるかもしれない.TQMは経営・管理の道具である.自らの組織の課題を解決するために,適度に取捨選択し,“わたしたちの”TQMとして再構築すればよい.
TQMの全貌の雰囲気を知るために,この表に掲げられている思想,方法論,手法のうちで,それがどんなものであるか研究していただきたいものをいくつか挙げておく.まずはフィロソフィーである.TQMでは,品質を顧客の立場で考える.品質は製品・サービスの提供側ではなく受取側がその良し悪しを決めるということである.目的志向と言ってもよいかもしれない.組織内部の活動をスムーズに進めるために「後工程はお客様」という興味深い言い回しもする.この表現はinternal
customerという概念をアメリカに広めた.TQMは管理に関しても新たな概念を経営に持ち込んだ.PDCAのサイクルを回す(目的達成のために,計画−実施−確認−処置のサイクルを回す),プロセス管理(良い結果をうるためにプロセスを管理する),事実に基づく管理などである.
フィロソフィー
・質,管理,人間性尊重
マネジメントシステム
・経営トップのリーダーシップ,ビジョン・戦略
・経営管理システム:経営管理システムの運営,日常管理,方針管理
・品質保証システム:品質保証体系,品質保証システム要素,ISO 9000の融合
・経営要素管理システム:経営要素管理の運営,量・納期管理,原価管理,環境マネジメント,
安全・衛生・労働環境管理,……
・リソースマネジメント:ひと,情報・知識・技術,設備などの質のマネジメントシステム
手法
・科学的問題解決法(QCストーリー),課題達成手法
・QC7つ道具(Q7),統計的手法,新QC7つ道具(N7)
・商品企画7つ道具(P7),戦略的方針管理7つ道具(S7)
・QFD,FMEA,FTA,DR
・他の経営管理手法(OR,VE/VA,IE手法,モデリング手法など)の活用,TQMとの融合
運用技術
・導入・推進の方法論:導入ステップ,体制・組織,教育・指導,評価・診断
・組織・人の活性化:レベルアップ・活性化のための諸活動,企業の表彰制度
・相互啓発:全国的推進体制,相互啓発・情報交換の場,ベンチマーキング
表1.TQMの構成要素
TQMの主要テーマは品質であるが,品質が,すべてのもの(製品,仕事,システム,人,……)の質を意味すると解することができ,また質がすべての管理対象のうちで根元的であるがゆえに,TQMはマネジメントシステム一般の構築と運営に関して優れた思想と方法論を開発してきた.日常管理(日常業務遂行プロセスの確立と管理),方針管理(会社方針の策定と方針を確実に達成するための全社一丸の管理方式)は,研究の価値がある.もちろん中心テーマである品質のためのマネジメントシステムに関しては,長年の蓄積による多くのノウハウを持っている.品質保証のために必要な事項,それを具現化した仕組み,仕掛けに見るべきものがある.
TQMには,思想やマネジメントシステムモデルのみでなく,品質の維持・管理・改善・改革のための基礎技術としての手法が数多くある.TQCはSQC(Statistical
Quality Control)から発展したので統計的手法が多いが,惑わされてはいけない.事実に基づく管理を科学的に進めることが目的である.必要に応じて使えばよい.品質管理の進展とともに,言語データ,あるいは概念の解析,計画・設計手法が開発されている.これもまた必要なら使えばよい.道具はうまく使うと素晴らしい効果を発揮する.注目してほしいのは,問題解決法である.QCサークルにおいてはQCストーリーという問題解決手順(テーマ選定,テーマ選定理由/目標,現状把握,解析,対策,効果の確認,歯止め/標準化,残された問題/今後の取組み)を用いる.このステップの本質は科学的方法にある.科学は,観察−仮説−検証−法則というサイクルを回して知見を洗練していく.QCストーリは,問題解決において成功する可能性の高い科学の方法を適用しているのである.TQMかどうかにかかわらず,適用すべきステップである.
■質保証は正義である
TQM=QCサークルという方程式からは,TQMが内包する思想・哲学に対する深い理解が感じられない.TQMは,単なる職場活性化ツールではない.良質製品・サービスの提供という組織の使命を満足にまた効率的に達成するための思想,方法論なのである.TQMがカバーしようとしている領域は,実に広い.いまのTQMで事足りるかどうかは分からない.だが,TQMが目指しているところ,つまりは組織のアウトプットの質を保証することは“正しい”ことなのである.組織として存続するために,社会に存在する理由として,正義なのである.TQMは,この正義を実践する最有力の道具である.研究に値する,と信じる. |