― 患者本位の医療の質をめざして ―
狐狸庵の名で呼び親しまれた故遠藤周作氏は、入院してみて医療の冷たさを実感し、以来亡くなるまでずっと「患者本位のあたたかい医療を」と訴え続けました。80年代末に米国の機関が行った調査は、自国の医療に対する国民の満足度は先進6カ国の中で日本が最も低かったと報告しています。おそらく国民の多くが日本の医療について遠藤氏と同じ思いを抱いているのではないでしょうか。医療を提供する側は長い間、医療をサービスと呼ぶことを嫌うあまり、診療の質が重要で「あたたかい医療」はさほど重要でないと考えてきました。しかし、事実は、患者本位の医療がないところで診療の質が確保されることはありません。年初来の患者取り違え事故や一連の医療ミス報道に見るように、いま医療に対する信頼が揺らいでいます。医療過誤訴訟も年々増加の兆しにあります。ひとつの医療過誤事例の水面下には数多くのニアミスが埋もれていることは医療に関わる私たちがもっともよく知るところです。
医療は長い間、医師が行うものと考えられてきました。しかし昔と違って技術が山盛りになった現代の病院では、医療は多数の職種と多数の業務による多数のプロセスの組みあわせで成り立っています。また、治療方法の多様化(標準指針の曖昧化)や患者の価値観の多様化が進んだこともあいまって、各人の業務(プロセス)と患者のニーズや期待との関係が見通せなくなっています。さまざまな業種や業務が直接あるいは間接的に患者に害を与えうる機会と可能性もまた増大しました。今必要とされているのは、患者のニーズを的確に把握して,あたたかい病院サービスと確実な医療(医療にできることをきちんと確実にできるようにすること)ではないでしょうか。
患者にとって何がよい医療なのか、それを実現するには、病院は、そして各部門や職種は何をしたらよいのかを考えよう、そして足りない点を改善しよう、というのが、改善活動でありTQMです。病院QCサークルやグループ改善活動は実情を最もよく知る現場スタッフの智恵を動員し、改善意欲を発揮できるようにすることで自分達で解決できる問題を解決すると同時に患者本位の質の文化を浸透させるものであり、TQMはトップマネジメントのリーダーシップのもとで、めざす質と戦略を明確にし、各人の役割を方向付けることを通じて、組織をあげて「患者本位の医療の質」と「質の効率」を確保し改善するシステムを構築し不断に向上させるものです。
医療費の高騰傾向に対する危機感から、各国で医療費のパイを抑制し医療に市場原理・競争原理を導入する政策が推進されるようになり、また、市場原理の導入が患者の権利や医療の質を低下させることがないよう、多くの国で医療の質保証プログラムが導入されるようになりました。医療を取り巻くこのような状況の中で、今「質」は経営のキーワードになっています。そして、総合的質経営としてのTQMの考え方が今や医療の質の国際基準となりつつあります。スエーデンでは、法律を改正してすべての医療機関が「計画、実行、フォローアップ、改善活動からなる質の向上のためのシステムを備え」「組織的かつ継続的な質の向上にすべてのスタッフが関わること」を求め、医療の質が医師だけでなく病院職員のすべてとマネジメントの責任に属するものであることを明確にしました。米国政府は「優秀な病院医療活動の基準」を策定して質に対する組織的な取組みを強調し、病院機能評価も組織管理と改善努力を重視する方向に軌道修正しました。米国では10年前から、欧州では5年前から、病院の改善活動を交流するフォーラムが毎年行われるようになっています。
このような時代背景のもと、質をめざす病院のネットワークとして「医療のTQM協議会」が発足しました。
協議会では毎年フォーラム「医療の改善活動」を開催して、病院のすべての職員がその職能や立場を超えそれぞれの役割と智恵と工夫を発揮し患者本位の質と質の効率をめざすさまざまな改善の取組みの経験を交流します。また、新しい手法の開発や導入・普及を支援するさまざまな活動を行います。
理事長 安藤 廣美